不二流とは何か
不二の意味と本質
不二流とは不二の流れを意味しています。不二とは二つであらずという真理を表す限界の言葉です。概念(考え)、言葉(説明)を超えた世界なのです。人間の分別理知からは考えの及ばない自然法璽の世界であり、無碍の世界であると言われております。
不二流の成り立ちと体系
その体系は、不二流躰術・第三代宗家が修行した不二流躰術、井上鑑照伝・一位流合気武道、柔道、空手、剣術、棒術、短刀術、短棒術、他の武器術などや、戦場での体験(常在戦場)、山行、滝行、活法も含め、宇宙遵法而不二にもあるように、先人たちの到達した武の法、宇宙の法の足元に少しでも近づけるように今以上に更に深く掘り下げる為に発足させた流派が不二流です。
不二流の特徴と稽古の前提
ルール不在の実践
不二流の特徴は審判のいない即ちルール不在の中で行われていくというのが前提にあります。その為、慎重さと大胆さを兼ね備える事が必要とされます。
身体運用と感覚の重要性
更に人間の生理に沿った身体運用が求められます。なので、今まで使っていない身体の機能や様々な感覚を総動員する事が出来るので、正しく効率的に筋肉と身体の動きを連動できなければ、頑張っただけの効果は見込めないばかりか、怪我の原因にさえなってしまいます。
身体づくりと成長の考え方
だからこそ、身体の機能を理解して、正しい動きを稽古の中で身につけ、鍛えた身体を効率よく最大限の動きを出来るようにしなければなりません。宗家自身も、50代でまだまだ成長出来るとは思ってもいませんでした。ですが、現在も成長を自分自身の身体で実証を宗家は行っております。
怪我を防ぐ身体づくり
30代以降は怪我が多くなります。怪我をすると稽古が出来なくなり、稽古が出来ないと衰えます。怪我をしない身体を作っていくのが不二流です。
不二流の理念
養身・養心・護躰
「養身 養心 護躰」身体を鍛え養えば、心も養われて、自らの身を健康にも保ち護る事にも繋がっていきます。
護身術に近道はない
例えば女性や力が弱い人などで武道経験がない人、運動経験がない人が習って即使える護身術はあるのか?と宗家は考え、それには身体を練り、技術を磨き、心を強くしていく以外の近道はないと宗家は悟っております。近道をする為にはコツコツと続けるしか道はありません。
継続が心と技を育てる
怪我しない壊れない身体を作り、稽古を続け技術を身につけ、護身術を身につける。続ける事を覚えれば心も強くなっていく事となります。性根、根気が無ければ何事も深いところへ行く事は出来ません。
身心不二の思想
「身心有用而不二」身体と心は二つではあらず。一つでもなければ二つ別々のものでもない。身体と心で不二。昔の日本人の精神は鍛えられた身体が土台にありました。
武の精神と日常
常在戦場の心構え
「いざは常、常はいざなり」この心構えがないと武術ではなくなり、文化保存会となってしまいます。
一歩前に出る勇気
不二流の特徴は一歩前に出る事です。一歩前に出る勇気を持つことが大事です。便利になればなるほど身体は退化します。身体がない精神はあるのか?
道場の役割と指導理念
道場は人間育成の場所でもあります。人が育たなければ次の代はありません。
指導者の三大原理
指導する者の三大原理「時を守り、場を清め、礼を正す」。
子ども護身術の三原則
こども護身術教室「挨拶、返事、後始末」の三原則。
形だけの修行への問い
道衣を来てから真面目になるというだけで良いのか?身体や技を通して人間を磨くという所へはいけないのであろうか?
真の修行とは
「平常心是道」道場にいる間だけが修行ではなく、道着を脱いでから真の修行は始まります。それが不二流の理念です。
日本武道と文化の関係
日本武道(nippon budo)は日本文化(Japanese culture)と言えるでしょう。日本身体文化は無形文化です。日本身体文化を土台として日本精神文化が存在します。
文化とは何か
文化は生き方です。過去の伝統を元として未来を作りだしていく。文化はそのものと共に生きる以外ありません。文化がなければ人間は生きていけません。
cultureの語源と意味
文化はcultureです。cultureはラテン語のculturaからその語幹はcolereです。その派生語cultus。耕す、敬う。そこからcultibeteが派生します。耕す。自然の土地を耕し食物を得る。自然の恵みを崇拝します。
自然崇拝と神道
もう一つ派生したのがcult。崇拝、儀式です。自然崇拝は神道の始まりです。文化と神というものは一体です。どの国でも同じです。